「被害者意識や孤独を解体しながら、映像を学び、生き方を創る」

TDU入学を決めるまで
TDU・てきせん大学に入る以前は、中学校一年生から不登校をして、東京のフリースクールに通っていました。その時に勤めていたアルバイト先から就職をしないか、というお誘いを受けましたが、そのまま就職するという選択はまったくありませんでした。今思うと、まだまだ何かやりきれていないモヤモヤした感情があったように思います。それに、フリースクールで知った「自ら決定していい」という価値観の中でもっとやっていきたいという思いがありました。

TDUでの活動
映像を作ってみたい、という気持ちがあったので、映像プロジェクトに参加しています。そのほかには、今の自分たちが生きている時代への流れが知りたく現代史に出ています。あとは、哲学や生き方想像コース、男性性の苦しさから解放されたかったので、ジェンダー&セクシャリティーにも出ています。

現在感じていること・大事にしていること
TDUに入った当初の理由は、映像作品を作ってみたいという気持ちでした。しかし、本心としては「不登校をした劣等な自分は、好きな映像で稼げるようになって世間を見返したい」という被害者意識のような気持ちでした。常に自分は何かしらの被害を受けていて、その「受ける」という立場をとても変える事が出来る気がしない、という諦めの気持ちでいっぱいいっぱいでした。その上、人と交わって活動したいが、人からどのように見られているかが怖くてとても一緒に何か活動をする事が出来ない、という状態でしたのでとても孤独でした。被害者意識や孤独は僕が生きたいように生きようとするときに身体が動かなくなるくらいの重たいものでした。これらの気持ちを見ないようにするのではなく、安心出来る人間関係の中で素直に向き合う事は大事だと思っています。TDU・てきせん大学という学生同士が場を作りあう所だからこそ見やすくなるのだと思います。

これからの生き方を創る
僕が「映像作品を撮る」という活動をしていく中で、何か自分が苦しい気持ちになった時にむくむくと湧き上がる被害者意識や孤独の気持ちから、一緒に作りあっている人たちの存在を忘れる、という出来事を繰り返すなか、何故そのような状態になったのかを大学の人々との関係の中で考えてきました。帰り道に寄った公園で吐露することもあれば、生き方創造コースの中で発表する、という事を繰り返し行ってきました。その度に大学を作りあっている人たちから受けとめてもらい、また、率直な問いかけをもらったりしてきました。このようなやりとりは、どのように生きていきたいか、という大きい事から、お金や働くといった、強いプレッシャーまでおよびました。 いかに身体を軽くし動きやすくするかある苦しさに切羽詰まった時、苦しさを背負い込むことでなんとかやり過ごすのではなく、元の苦しさに手を伸ばす事は実はすでに生き方を作っていることなのだと思います。身体が楽に動けるようになっていくスピードとどの様に生きていきたいか、具体的にどうすれば形になるかが見えやすくなる事は同じ速度で起っていくと思います。

【学生・豊 雅俊】